こんにちは。
院長の湯口です。
今回は「この歯を残すのが難しい・・」と言われてしまったことがある場合にどういう選択をすれば良いのかの対処法をご紹介いたします。
結論から申しますと「患者さん自身で決めなくてはいけない」と考えています。
どういうことか解説していきましょう。
「歯を保存するのが難しい」と言われた場合にも実は「パッと見て無理」だと判断されてしまう場合と、「詳しく検査してみた結果、残念ながら難しい」と診断を受ける場合の2種類あります。
歯科医師同士の勉強会に行っても「よくこの歯を残したね!」「私だったらすぐ抜いてしまうけど・・」「これなら結果的に抜歯の方が良い」などと意見交換をすることがあります。
それにはその担当医の考え方、得意分野や技術レベルも大きく関係しているように思います。
基本的に歯を抜くときには次のような診察結果に基づきます。
「これ以上この歯を保存する方法が見当たらない」
ただしこの基準は、歯科診療項目のどの分野を得意としているかによって少し違いがあります。
例えば、根の治療を得意とする先生とそうでない先生であれば保存できるかもしれない歯の基準が異なります。
裸眼や拡大鏡で根の治療を行う先生では感染源となる根管を見つけられなかった場合は保存の可能性は0%ですが、
マイクロスコープで慎重に歯の根管を探し出すことができれば歯の温存できる可能性が70〜80%まで跳ね上がります。
実際の治療例はこちら↓
治療例①
根管内の感染源をしっかり除菌して取り除くことができれば、いくら治療期間中に根元が腫れて膿んでいても治癒に導くこともできます。
また「根の治療」で残せなくても外科的な根管治療や歯の移植治療で治せないかどうかの考察も必要です。
歯周病の再生治療が得意な先生とそうでない先生も然りです。
歯周再生療法を行う術を知らなければ、通常の歯周病治療(保険治療でできるFOPなどの歯周外科も含む)で歯を保存できないと判断されてしまうのです。
下記の写真は、歯の根元まで歯周病で骨が溶けてしまっていて他院で専門的な歯周病治療まで行ったがもう残せないからインプラント治療を勧められて困って当院にセカンドオピニオンを受けに来られた患者さまです。
歯を保存する最初の手術を行ってから早くも3年が経過しています。↓
治療例②
または次のような見解で抜歯を勧められる場合もあります。
「他の治療法の方が予後が良いから抜歯した方が良い」
これはインプラント治療が得意なクリニックを受診するとよく見受けられる傾向にあります。
先のように根管治療や歯周病治療の選択肢を提示しないまま、担当医の先生の得意なインプラント治療を提案されてしまう場合です。
歯の保存する治療法もインプラント治療も選択肢として並列して提示する必要があると考えます。
ただし中には保存する治療をしても半年から1年以内に病変が再発するようであれば果たして保存治療が最適なのかどうかという議論にもなります。
以前に当院で「前歯が割れそうだから保存は難しい」という診断をした患者さまが、他院で前歯を保存してセラミック治療を受けた2年後に歯が割れてしまって当院でインプラント治療を受けている方もいるんです。
他院で高価な費用をかけて治療したセラミックが2年でパーになってしまったそうです。
このように、永く持たないかもしれない歯に高価なセラミック治療をするのであれば、良質な代替医療を行う方が良かったという例もあるんです。
このように「歯を抜くのか保存するのか」というのは単純にマルバツで片付けられるような簡単な話ではないんです。
私たち臨床家の永遠のテーマでもあります。
じゃあそれってどういう基準で決めるといいの?と思う方もいると思います。
ここで私が歯科臨床を行う上で大切にしているあるエビデンスからの一説をご紹介します。
「インプラントの人気が高まり臨床においての成功が増加することによって、歯の状態が良好でないとき、インプラントは天然歯と同等によいものであると信じられる傾向がある。
しかし歯がさまざまな問題を抱えるとき、そのすべてをインプラントによって解決できるわけではないため、問題のある歯を治療し残すのか、抜歯して補綴するのかという二者択一のジレンマに陥ることが頻繁に起こりうる。
難しい歯を助け、保存するために従来の治療法による過剰な治療を行うよりも、インプラント治療はよい方法であると考えられているかもしれない。
その結果、抜歯に対する不適切な適用判断が、多くの助けられたはずの歯を犠牲にしてしまっている。
問題のある歯を助けるか抜歯するかの決定をする際に影響を及ぼす要因に対する重大な評価は、歯周病学が構築されるうえでの礎となるべきものであり、間違いなく医学というわれわれの職業の基礎となるものである。」
A novel decision-making process for tooth retention or extraction
Avila G, Galindo-Moreno P, Soehren S, Misch CE, Morelli T, Wang HL.
Periodontol. 2009 Mar;80(3):476-91.
要約すると
・インプラントは万能ではない
・歯の保存のあらゆる方法を模索するべきである
・歯周病治療が多くの歯を救う可能性を拡げる
ということになります。
また最新の文献では、実際に「Hopeless(望みがない)」の歯に対して歯周再生療法を行った場合と、歯周再生療法を行わずに抜歯して代替医療(インプラントなど)を行った場合を比較した10年後の後ろ向き研究を報告しています。
「Hopeless」とは歯周病によって歯根の尖端まで骨が病的に吸収してしまっているような歯を指すのですが、
尖端まで吸収しているということはすなわちその歯の周りにほとんど骨の支えがない、引っ張ったら抜けて来るんじゃないか?というレベルの歯をさ指します。
歯科の従来の基準では「保存できない」「抜歯が必要」とされるのですが、イタリアの歯周病の権威であるDr.Cortellini Pらによって行われた「Hopeless」な歯に対して行った再生療法の予後を、
1年後、5年後、10年後に調査して、インプラントなどの代替医療を行った場合と比較しています。
Periodontal regeneration versus extraction and dental implant or prosthetic replacement of teeth severely compromised by attachment loss to the apex: A randomized controlled clinical trial reporting 10-year outcomes, survival analysis and mean cumulative cost of recurrence
Pierpaolo Cortellini, Gabrielle Stalpers, Aniello Mollo, Maurizio S. Tonetti
J Clin Periodontol. 2020;47:768–776.
結果は驚くべきことにHopelessの歯に対して再生療法を行った場合の10年生存率が88%という高い数値が報告されていること(インプラントなどの代替医療の生存率は100%)と、
さらに驚くべきは、その10年後の患者満足度に両者間の有意差がないことです。
そもそも残せない歯を残しているので、細かいデータを読むと機能面においても見た目の面においても抜歯した場合の方が若干優れてはいるものの、
治療前に機能や見た目に懸念や不安を感じていた患者さんが10年後に満足した結果になるというデータが示されているんです。
もちろんこのデータはどこを切り取るかによって印象は変わりますので他の文献報告と同様に鵜呑みにはできませんが、
この報告は歯周組織再生療法が患者さんにとって有益な治療法であることの証明になるでしょう。
この文献の中にも登場しますが、世界的に著名な歯周病医に「Hopelessですが歯の保存を希望しますか?」と訊かれても1割以上の患者さんがNoと言っていることも注目に値します。
これは「無理やり残して予後に不満を抱えるくらいなら抜歯してインプラントなどの代替医療をしてもらいたい」という望みを持っている方もいるということなんですね。
そしてこの文献の面白いところは、生涯コスト(費用)にも言及しているところで、
歯周再生療法を行って歯を保存した方が、10年後までにかかるトータルの支出を抑えられると結論付けていることも興味深いです。
ここで本投稿の締めに入りますが、
「抜歯するべきか保存するべきか」は専門家の意見を参考に最終的には患者さんが決めることであると私は考えます。
私たち専門家を活用する際に気を付けるべき点は、
・CTやマイクロスコープなどの高度な医療機器による診断・治療を行なっているのか、
・最適な施術を提案し実行できる技術力、具体的には歯周病再生治療などの治療法を提案してくれるかどうか、
・「自分の悩みや希望を訊く」ことで難しい決断を行う後押しをしてくれるかどうか
だと思います。
その上で将来的なQOLや費用対効果を考えて最終決断をしていただければと思います。
当院にも「どうしても歯を残して欲しい」と言って歯周病治療を受けられる患者さまが一定数いらっしゃいます。
精密な診断と再評価を行いながら慎重に治療を進めることで満足度の高い結果を得ています。
あなたにとって最適な歯科治療を受けられる場所=Yours(あなたのための)Dental Clinic(歯科医院)として活用していただければ幸いです。
本投稿で興味を持っていただいた方、ご自身の将来的な口腔健康状態などに不安のある方は、健口診断や精密診断などでお問い合わせください。セカンドオピニオンも随時受け付けております。